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千葉地方裁判所 昭和23年(行)13号 判決

主文

原告の請求は棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

事実

原告訴訟代理人は、「千葉縣知事が昭和二十三年四月二十三日に行つた千葉縣地方勞働委員會勞働者代表委員の委囑はこれを取消す、訴訟費用は被告の負擔とする。」との判決を求めその請求原因として

一、知事が地方勞働委員會の勞働者代表委員を委囑するには、原則として勞働組合の推薦に基かねばならぬが(勞働組合法第二十六條第二項)、この推薦手續については勞働組合法施行令第三十七條に一部の規定がある外詳細な規定はない。

ただこの點について「勞働委員會の委員選出方法例」と題する昭和二十一年九月十一日附の勞働省勞政局長發各都道府縣知事宛の通牒に詳細な基準が示されている。この通牒及び施行令第三十七條に基く推薦手續の概要は次の通りである。

(1)單位組合の聯合體から成る各推薦母體より推薦委員を選出し推薦委員を以て組織せられる推薦委員會において、各推薦母體に對する候補者の割當を決定し、これを知事に報告する(方法例第十三條乃至第十六條)

(2)知事より各推薦母體に對し、割當數に應じ候補者の推薦を請求する(施行令第三十七條第四項、方法例第十七條)

(3)右の請求に應じ各推薦母體から候補者の推薦届出があると、知事は候補者の氏名を公表した上各單位組合に對し推薦投票を請求し、この投票の結果に基き、委員五名を委囑する(方法例第十八條乃至第二十二條)

二、千葉縣地方勞働委員會勞働者代表委員の推薦手續もほぼ右の順序に則つて行われた。即ち

(1)千葉懸における推薦母體たる千葉縣勞働組合會議(略稱縣勞會議)千葉縣官公勞組協議會(略稱官公勞)日本勞働組合總同盟千葉縣連合會(略稱總同盟)の三團體よりそれぞれ推薦委員の屆出があり、推薦委員會が組織せられ、昭和二十三年二月九日第一囘推薦委員會の發足があつてから第六囘に當る同年三月二十二日の推薦委員會において(イ)各推薦母體に對する候補者の割當を三人ずつとすること、(ロ)投票方法は五名完全連記とすること、(ハ)選擧期日を同年四月二十七日とすることの三點を決議し、これを知事に屆出た。

(2)これに對し、知事から、同年三月二十三日候補者の氏名を同月二十九日までに屆出でよとの要請があつたので、各推薦母體からそれぞれ右期日までに候補者の屆出をした。

(3)以上の次第で、組合側においては、知事の投票請求があり次第、これを實施すべき用意を完了していたのであるから、知事としては、直ちに候補者の氏名を公表した上各單位組合に對し推薦投票の請求をするのが順序であつた。然るに、知事はこの擧に出でず、却つて、同年四月六日突然推薦委員會に對し、(イ)選擧期日を同月十二日にすること、(ロ)國鐵勞働組合の候補者を官公勞の候補者中に加えること、(ハ)投票方法を單記とすることの三點の申入をした。

(4)これに對し、同月十日の推薦委員會は、選擧期日の點については、知事が右の申入後改めて提案した同月十七日とすることに同意すること及びその他の二點については、これを拒絶し同年三月二十二日の決議通り實施することを決議した。ところが、知事は、同年四月十五日勞働組合法施行令第三十七條第五項にいわゆる「勞働組合の推薦を得ること能わざる」場合として職權委囑する旨を宣言し、同月二十三日職權を以て、勞働者代表委員として小林利(總同盟所屬)土屋武一(官公勞所屬)山口〓(同上)佐々靖(縣勞會議所屬)渡邊七郞(同上)の五名を委囑した。

三、然し投票方法を完全連記とするか單記とするか、何人を候補者に加うべきか等の點は、本來組合側において自主的に決定すべき事柄であつて、知事においてこれを指定すべき何等の法的根據がないから、推薦委員會においてこれらの點に關する知事の申入を正式に拒絶した以上知事としてはこれを承認して候補者の氏名公表、推薦投票請求の手續をとるのが當然であり、而も、知事の投票請求あり次第これに應ずべき萬端の用意は既にできていたのであるから、施行令第三十七條第五項の「勞働組合の推薦を得ること能わざる」場合と認むべき何等の根據もないから、知事の職權委囑行爲は違法である。それゆえその取消を求む。

と主張し、

四、被告の抗辯に對し

(1)前年度の勞働委員會の委員の任期は、昭和二十三年二月末日で滿了しており、この點から後任者の委囑をなるべく急がねばならぬ事情にあつたことは事實であるが、前任者の任期滿了と同時に勞働組合法施行令第三十七條第四項に基き臨時委員が委囑せられているから、勞働委員會の機能の遂行に何等支障なく、從つて、知事と推薦委員會との間に妥協の成立した四月十七日の選擧期日まで待てない程急がねばならぬ事情はなかつた。

(2)選擧の方法は「方法例」に基いて推薦委員會の責任において行ふものであつて、知事はこれに對し容啄する權限を持つていない。

殊に國鐵から候補者のでなかつたのは勞働者が自主的にきめたことであつて知事がとやかくいふべき筋合ではない。又、完全連記制は少數代表がでにくいから民主的でないといふ主張は當らない。

(3)四月十日の推薦委員會の終了後、縣勞會議の推薦委員の一人が辭任し、又、總同盟が推薦委員會から脱退するなど多少のごたごたがあつた事は事實であるが(但し國鐵は脱退しない)、このようなごたごたは、知事が投票方法等について本來何等法の根據のない申入をして組合側の自主性を妨害しようとしたためにおこつたのであるから、知事としては、これを理由に職權委囑することは許されない。のみならず、委員の辭任に對しては縣勞會議から直ちに後任が補充されているから、この點は、職權委囑の理由とはならない。又、四月十日の推薦委員會の決議が多數決を以て成立した以上、この委員會の構成員從つてこれを推薦した各推薦母體、從つて又、その構成員たる各單位組合は、この決議に拘束されること勿論であるから、國鐵總同盟がこの決議を無視して脱退を申し出たとしても、それはむしろ、同組合が委員推薦の權利を抛棄したものとみなすべきであつて、知事としては、殘存の組合のみについて、推薦投票を實施するのが當然である。それゆゑ、國鐵總同盟の脱退もまた職權委囑の理由とはならない。

五、被告の違法な職權委囑のために原告は、第一に勞働者代表委員を選擧する權利を奪はれ、第二に、民主的に選擧された勞働者代表委員の下に勞働關係調整法の定めた斡旋調停仲裁をうける利益を奪われその權利を侵害されたものであつて、取消の訴を起す正當の利益を持つていると述べ、

(立證省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

一、答辯として、原告主張の(一)(二)の事實を認め

二、抗辯として、

(1)千葉縣地方勞働委員會の委員の任期は昭和二十三年二月末日を以て滿了しており、被告としては同日まで勞働者代表委員の候補者の推薦があることを期待していたのであるがこの推薦が遲延したので已むを得ず勞働組合法施行令第三十七條第四項に基き前任者を委員會の臨時委員に委囑したが當該委囑等の多くは其の就任希望せず、當時係爭中の千葉縣敎職員組合から千葉縣に對する勞働調停事件のみを處理して辭任したい意向を洩らしており、このため、當時既に受理されていた他の七件の調停事件については、これを處理すべき委員會の構成を缺くに至る情況にあつたので委員の委囑を急ぐ必要があつた。

(2)四月六日の被告の申入れは被告の正當の權限内の行爲である。調停事件の山積の状勢からして推薦選擧を四月二十七日まで待てないし、官公勞は約三萬四千の組合員を持つているがその中で國鐵は約一萬一千の組合員を有するので國鐵からも候補者を出すのが合理的であり、五名完全連記は一方的當選の危險があり民主的でない。(この最後の點は昭和二十三年三月一日發同月三日着勞働省勞政局長より被告に對する通牒にも啄合している)

(3)四月六日の被告の申入の結果組合側にも被告の意見に同調するものが現われ、四月十日の推薦委員會の決議の翌十一日に至り推薦委員會の構成員である總同盟、國鐵、縣勞の各代表委員から委員辭任の申出があり又總同盟及び國鐵勞働組合より選擧不參加の申出があるなど、推薦委員會は混亂のため完全な機能を發揮し得ない情況に立ち到つた。

そこで被告は以上のような事情を判斷していわゆる「勞働組合の推薦を得ること能わざる」場合に該當する客觀的事情と認めて職權委囑を實行したものであつて、被告の行爲に何等の違法はない。

三、被告の職權委囑によつて原告は何等の權利侵害をうけていないからその取消を求める資格がない。と述べた。

(立證省略)

理由

原告が請求原因として主張する(一)(二)の事實は被告の認めるところである。その主張によれば「勞働委員會の委員選出方法例」にほぼ則つて昭和二十三年度の千葉縣地方勞働委員會の勞働委員の推薦手續が行われた。「方法例」にはその第二十一條第三項に「各單位組合は投票すべき候補者の選定につき責任を以て民主的にこれを行はなければならない。」と定めているが、投票方法については特に定めを設けていない。そこで本件にあつて推薦委員會は投票方法は五名完全連記とすることを決議したのに對し、知事は單記に變更すべきことを求めたのである。この樣に「方法例」において投票方法を具體的に明にしていない場合如何なる投票方法によるべきかを決定するのは推薦委員會の權限と一應見るべきであるが、その權限はどの樣な方法を決定しようと差支えないといふ程度のものではない。民主的な投票方法でなければならぬことは「方法例」も定めているし、「方法例」を離れて一般的に抽象的に考えてもそうでなければならぬことは當然であるからである。若し民主的でない投票方法によつて選擧がなされ、推薦委員會が得票數の順位に從ひ、委員候補者の報告をしても、知事はこの報告にもとずいて委員の委囑をなさねばならぬ拘束を受けるものではない。それは勞働組合法施行令第三十七條第五項に「推薦ありたる者不適當なるとき」職權委囑をなすべき知事の權限を定めているところによつて明かである。それならば五名完全連記の投票方法は果して民主的か。元來民主主義といふものは反對派の主張を自己の主張と同樣に尊重すべきものであり、從つて少數派の存在を自己の存在と同樣に尊重しなければならぬものである。然るに完全連記投票はこの民主主義の本質と相容れない。といふのはそれは多數派のみの存在と主張を許すものであつて、多數派の專横を來すに過ぎないからである。五名完全連記制が民主的でないとすれば、推薦委員會からこの樣な投票方法によつて選擧された候補者の報告があつても、知事はこの報告に基いて委員の委囑をなすべきではないこととなる。

投票方法が非民主的であるならば、その投票方法によつて選出された候補者は他に如何なる要件を持つていようとも。投票方法が非民主的であつたことだけによつて既に非民主的な不適當な候補者と考へられるからである。この樣に推薦投票の後に知事に右に述べた樣な權限がある以上は、この權限に基き知事は推薦投票前において既に非民主的な投票方法の變更を求める權限を持つと謂はなければならない。若し、推薦委員會がこれに應じないときは知事は推薦投票を請求すべきではない。それは無駄な手續を省くために當然な事柄である。

然るに推薦委員會が同年四月十日の決議で知事の投票方法を單記制とすることの申出を拒絶したことは原告の自らの主張するところであり且證人山田萬〓萩原中(一部)の各證言と右山田萬〓の證言により眞正に成立したものと認め得る乙第三號證を綜合すると推薦母體の一員である總同盟側(所屬勞働者約一萬四千名)は當初から單記無記名投票によることを主張して居たが推薦委員會で知事の右申出を拒絶したことから同月十二日遂に五名連記による選擧には參加しない旨を決議し之を表明するに至つたことを認めることが出來る。斯る情勢下に於て五名完全連記の投票方法で選擧を行ふことは無意味なものである。

本件にあつて知事が推薦投票の請求をしなかつたことはこの理由において正當である。この樣にして推薦投票を缺くに至つた場合は前記施行令第三十七條第五項に「勞働組合の推薦を得ること能わざるとき」に當るものと謂はなければならない。從つて、被告のなした職權委囑には何等の違法はない。

被告はなほ數個の防禦方法を提出しているが、そのなかで最も明確な前記防禦方法のみによつて被告の主張は既に理由があるから、當裁判所は「最も明確なる防禦方法優先の原則」によりその他の防禦方法については判斷したい。

よつて訴訟費用について民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通りに判決する。

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